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良い「光環境」は、生活を豊かにします。逆に、良くない光環境の中にいれば、仕事や作業に悪影響も及ぼしてしまいます。光(照明)ついてあまり考えたことのない方も多いのではないでしょうか。多くの照明の商品開発やデザインに携わっているデザイナー/造形作家の馬場美次さんに、照明の使用法の基本的な考え方についてアドバイスしていただきました。
これまで光環境について特に不都合を感じたことがないという方もいらっしゃるでしょう。でもそれは、知らないうちにストレスを我慢し、目に無理をさせていたのかもしれません。
「目はとても優れた器官で、多少見えづらい状況でも自動的に不都合を補い、調整します。そのため、視界の不都合があっても意識しない人が多いのだと思います。良い光環境に気づいた方は、『今までなぜあんな悪い環境にいられたんだろう?』と驚きます」と馬場さんは話します。
戦後、日本の貧しい時代に「蛍光灯の真っ白な明るい光が日本を救う」というイメージから、「明るいこと=幸せ」と考えられるようになりました。日本で長い間、明るいシーリングライトで部屋全体を照らす照明手法が主流だったのは、そのためです。しかしこの光環境は、細かい作業を必要としない部屋全体には明るすぎ、細かな作業を行う手元には明るさが足りない状態です。
「日本では照明に対して無頓着な方が多く、照明デザイナーとしてはとても残念に感じてきました。いつも照明を明るくしているのは、エアコンをずっと最大でつけているのと同じようなものです。部屋の温度が寒かったり暑かったりすれば、設定を調整しますよね。照明も明るすぎれば落とし、暗ければ上げるべきなんです。文字を読んだり細かな作業をしたりする時は、手元を照らす照明が必要です」。
勉強や仕事などの作業空間の基本的な照明手法の代表的なものに、「タスク&アンビエント(Task & Ambient)」があります。タスクは「課題・仕事」、アンビエントは「周辺の・環境」という意味で、取りかかっている課題や仕事と、その周りの環境の照明を分ける考え方です。机の上を照らす照明と部屋を照らす照明の2種類の照明をそれぞれコントロールすれば、作業空間として良い光環境が作れます。
作業スペースを照らす照明は、作業や課題の対象となるものを見るために十分な明るさを保つ必要があります。暗くてよく見えなければ、よく見ようとしてその分作業効率は下がります。逆に明るすぎると、まぶしさにより視界の中のものを認識する領域が狭くなってしまいます。まぶしさを「グレア」と言い、実は視界においてかなり不快な要素です。グレアにもいくつか種類がありますが、ノートなどに光が反射したグレア(光幕グレア)があれば、反射した部分が見えないためノートを見える位置に動かさなくてはなりません。グレアは、知らず知らずのうちに作業を妨げ、効率を下げています。また、照明によってできる自分の手などの影は視界の中で不要な情報となります。このようなノイズも、集中を阻害し効率を下げる一因です。
机の上の明るさと周囲の明るさのバランスも大切なポイント。手元の作業に集中していてふと周りを見た時、明るさの差が大きいと目が疲れると言われています。周りが明るすぎると集中できません。目を上げた時、少し暗いと感じる程度の明るさの差が作業効率を上げるための最適なバランスです。
作業を行う机の上の良い光(照明)環境には、①明るさ ②色の温度 ③均斉度 という3つの要素が作用します。前述したまぶしさや暗さ、ノイズなどの作業への支障が出ない照明とはどのようなものなのでしょうか。
JISが設定しているオフィスの照度基準は、作業の内容により750〜1500ルクス。また、文部科学省のガイドラインによると、学校のコンピュータ教室の机の上は、500~1,000ルクスが望ましいとされています。(ルクスとは、光で照らされる面の明るさの単位で、数値が大きいほど明るいことを意味します)
人間は「色温度」が高いほど活発になり、低いほど落ち着くことが科学的に検証されています。色温度は「K(ケルビン)」という単位で示され、色温度の高すぎず低すぎない状態は4000K程度です。日中の強い太陽光の青白い光を「色温度が高い光」(おおよそ6500K)、朝焼けや夕陽の黄~赤っぽい光になるにつれ、「色温度が低い」(おおよそ2000K)と表現します
明るいところと暗いところの明るさのムラの度合いを「均斉度」といいます。均斉度が低ければ(明るさにムラがあれば)、目の疲れを招きます。ストレスなくさまざまな作業が行うためには、机の中央だけを照らすのではなく、90㎝程度の幅の机の範囲内を高い均斉度で保つことが必要です。
明るさについて言うと、私の経験上、多くの人の机の上は実際に必要とするより少し暗いのではないかと想像します。必要以上の明るさを用意して、自分が良いと思うところまで下げることをおすすめしたいですね。
色温度は、『サーカディアンリズム』という人間の生活リズムと関連していることがわかっています。日中、いちばん活動的な時間帯の太陽の青白い光は人間を活性化させ、朝日や夕陽の黄~赤の光は、リラックスさせるんです。たとえば趣味の読書なら色温度を低くして気分を落ち着け、仕事の時には色温度を上げて活性化するというふうに、使い分けると良いわけです。
同じ読書でも、文字の大きさなどにより必要とする明るさも変わります。ですから、場面に応じて、明るさと色温度をそれぞれ調整できることが理想だと思います。」
「住宅は4000ケルビンの白色灯」が常識だった時代が長く続いた後、「電球色」の蛍光灯が登場したことは、照明業界では画期的でした。住宅の設計の際、シーリングライトだけではなくダウンライトも設置するなど、少しずつ照明への関心が高まってきているそうです。最近はLEDが主流になりつつあり、照明の可能性も広がっています。
馬場さんがいちばん知ってほしいことは、「暗さの心地好さ」。「アンビエント」(環境)の観点から、極端に言えば、部屋の中はぶつからずに歩けるよう、家具などの存在がわかる明るさがあれば十分です。「タスク」(作業)に必要な明るさをタスク用の灯りで確保すれば、問題ありません。「大切なのは抑揚です。明るいところは明るく、暗いところは暗く。明るさにメリハリをつけると、不要な情報がなくなってとても快適なんですよ」。
このような環境を体験すると、最初は暗いと感じても、1週間、1カ月、3カ月と過ごすうちに、その心地好さがわかってくるそうです。LED照明は調光(明るさの調節)機能がついているものも多いので、その機能を利用して、部屋全体の明るさを控えめにしてみることから光環境の整備を始めてはいかがでしょうか。新たな光環境で一定期間過ごす“お試し期間”を持ってほしいと馬場さんはアドバイスします。
「夜の空間は光がつかさどるのですから、良い光環境で暮らすことを知らない人は、人生の半分を良い空間で過ごせないということになってしまいます。光環境の良し悪しを知ると、大げさに言えば、人生を楽しむ選択肢が増えるんですよ。自分にとって心地良い明るさや好きな色温度などに気づいて、シーンによって光を選び、楽しめる方が増えたら嬉しいですね」。
プロフィール
1959年生まれ、武蔵野美術大学造形学部彫刻学科卒業。 照明メーカー・大光電機株式会社に勤務し、照明設計や商品開発に携わる。その後、舞台照明メーカー・丸茂電機株式会社でプロダクトデザインの他、WEBやカタログなどのセールスプロモーションを担当。株式会社タイムAデザイン取締役を経て、現在、馬場美次デザイン室代表。ライトアートを主に創作活動も行っており、行動展などに作品を発表、展覧会や個展も多数開催。一般社団法人ライティングデザインネットワーク代表理事、ライティングデザインスクール学長なども務めている。